オピニオン · 論説
車のために設計された都市は、車を手に入れる
道路を広げれば一年で埋まる。そのたびに私たちは驚いてみせる。渋滞は天候ではない。繰り返し下されてきた「決定」である。
道路を広げれば一年で埋まる。そのたびに私たちは驚いてみせる。渋滞は天候ではない。繰り返し下されてきた「決定」である。
環状道路が開通したのは三月だった。以前より四車線広い。それなのに翌年の春には、東側の合流部の車列は以前とまったく同じ長さになっていた。これは工学の失敗ではない。設計どおりに機能した結果である。
誘発需要は仮説ではない
容量をつくれば使われる——それが結論のすべてであり、1960 年代以降、真面目に計測したあらゆる都市で再現されてきた。道路が渋滞を解消し損ねたのではない。道路こそが渋滞であり、それが遅れて到着しただけだ。
車のために設計された都市は、車を手に入れる。人のために設計された都市は、都市を手に入れる。
私たちが選ばずにいる選択
環状道路の予算があれば、路面電車を一路線敷き、十一年間運行できた。それは選択肢として卓上にあった。選ばれなかった。その前の機会にも、選ばれなかった。
私たちは渋滞に「はまっている」のではない。私たちが渋滞であり、それに票を投じてきたのだ。